No.111

No.111　天才マリオンジョーンズの９日間Ⅱ

天才マリオンジョーンズの９日間Ⅱ

５、激動のシドニー１００m２００mともに「独走」で、競り合える女性はいなかった。しかしここで大きなスキャンダルがマリオンを襲う。１００mを制した直後、夫で砲丸投げ前年の世界王者、Ｃ・Ｊ・ハンターのドーピングが発覚したのである。（ハンターはシドニー欠場）相当なショックを受けたろう・・・。しかし彼女は毅然とした態度で語った。「私のために母が４、５時間もかけて送ってくれるし、兄も迎えにきてくれた。たった一つの出来事で夢を投げ出すわけにはいかない」。疑惑の目が自分に向けられても、一向に気にしなかった。「コーチやスタッフ、自分の周りにいる人は皆、私が潔白であることを知っているから」彼女の集中力は復活し、最後まで途切れなかったのは見事である。しかしただでさえ「苦手な幅跳び」に、その精神的影響が出ていたのは否めないだろう。助走スピードは参加選手中最速の１０，３３ｍ／秒をマークするも、残念ながら自己記録に遠く及ばず「名人ドレクスラー」に敗れ３位銅メダルに終わる。この瞬間５冠の夢はついえた。６、９日間の戦いこのまま崩れるわけにはいかない。個人競技が終わった後の両リレーが待っている。再び集中力を高めるマリオン。まず４００mRはアンカーを勤めるため、トップと３m 以内なら逆転優勝できるだろう。しかし無情にもアメリカは２～３走が大きく失敗し、４番手で廻って来た。ここからマリオンの怒濤の追い込みが始まった。１００ｍの加速走なら９秒５の猛スピードである。あっという間にフランスを捕らえ、さらに前のジャマイカ、バハマを追った。しかしオッティ（ジャマイカ）は１００m４位、ファーガソン（バハマ）とて１００m２００mともに入賞しているスプリンターである。いかにマリオンといえど、先行された７mもの大差は安々とは消せなかった。それでも０、２５秒まで差を詰めたが３位のゴール。「打倒アメリカ」に燃え、１０秒台を４人そろえて全員がシドニー短距離入賞したバハマ。アメリカの「バトンに対する怠慢」がまたもや露呈してしまい、４００ｍR五輪５連覇を自国のミスで逃す。マリオン４冠目とならず・・・最後のマイルリレー決勝を向かえる時には、もうレースで１０数本目、幅跳びも含めて極度に疲労している。しかしそれは覚悟の上の事。世界陸上では疲労による途中棄権はあったが、今年のマリオンにはそんな甘さは微塵もなかった。彼女には密かな自信があったのである。なぜなら４００mのレースは２回しか経験はないものの「４９秒５９！」の自己タイムを持つ。これは今年の世界ランク３位、世界歴代でも２５位！専門化すれば４７秒台は無理でも４００mも「金」確実だろう。何ともすばらしい運動能力である。６、最速の「３走」第３走者としてバトンを受けた時、アメリカは３位あたりの混戦だったが、１５０m を過ぎた辺りからぐんぐん加速し引き離して行く。やはり誰もついてこれない。ただのマイル要員達とは、スピードの「ケタ」が違い過ぎるのだ。（ジョイナーのマイルも同様だった）ラップも全選手最高の「４９秒４０」でつなぎ、２位に１０数mもの大差をつけた。（速い！！）通常マイルリレーは３走に弱い選手を配するのが定石だが、アメリカはあえてマリオンを配した。他国の３走は彼女と走るだけで緊張し、言い知れぬプレッシャーに飲まれてしまうだろう。アメリカのアンカーはマリオンのくれたリード「２秒」ものおかげで、猛追するジャマイカのグレアム（４００m銀）を押さえ見事逃げ切った。この他のアンカーは、ロシアがプリワロワ（４００mH金）、ナイジェリアのオグンコヤ（アトランタ４００ｍ銅）、オーストラリアのフリーマン（４００m金、２００m７位）・・・などファイナリスト達が集い、お互い潰しあってしまったのだ。「３走勝負」に出たアメリカの作戦勝ちである。マリオン３冠（５個目のメダル）の瞬間だった。マリオンとは別の意味で、シドニーの注目だったキャシーフリーマン（豪）。「絶対優勝！」を義務付けられた４００mを今期世界最高で見事制し、２００mも入賞。その上マイルのアンカーでは、さすがに「疲労困ぱい」の様子・・・。ラップはマリオンと同じく最速の４９秒４０をマークするも、優勝記録４９秒１１からするとあきらかにペースダウン。へとへとで臨んだリレーでは、大逆転には至らなかった。８、天才覚醒女性としてメダル５個の成績は、五輪史上最高となった。試合前から「５冠」を宣言したため報道攻勢は凄まじく、夫ハンターと共にアメリカのテレビ特番をいくつもこなして来た。どんなに頑張ってもメダルすら届かない選手が大半であるのに、マリオンは出場５種目全てにメダルを獲得し金が３つを占めるのだから立派なものである。結局金メダル３つ、銅メダル２つに終わったが、９０年代最強の女性であるのは間違いない。まだ２５歳。もしかしたら「不可能」とされてきたジョイナーの世界記録の更新も、マリオンなら出来そうな気がしてくる。故障をせず、その非なる才能に熟練したテクニックが絡んだ時、奇跡が起きるのかも知れない。「才能」だけで勝って来た昨年までと異なり、様々なアクシデントを乗り越えたシドニー五輪後は、彼女にタフでさらなるバージョンアップを見せる事だろう。同一人間では不可能と思われる「１００m２００m４００m世界制覇！」とて、４００ｍで誰も４９秒を切れない現在ならおそらく可能だろう。（・・・挑戦はしないだろうが）筆　のもと歯科 2004/07 <<前の記事へ次の記事へ>>

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