No.132 全国に挑む後輩たち7−4  赤い疾風



全国に挑む後輩たち7−4  赤い疾風

★ キャプテンのプライド マイルの好走を受けて奥岡が燃えないはずはなかったろう。 全日本中学110mH入賞の経歴を持つ。すでに14秒台を確実にしている ハードラーだ。今大会、前半戦ではショートスプリント陣が大活躍し、彼としても 静観しているわけにはいかない心境。両ハードル2連覇を阻まれ、 主将として最終日は是が非でも勝ちに行きたい。 まして100mHは現在の全国ランキングでもトップクラスの自信がある。 この日はストレートが常に向かい風3mの悪条件であったが、危なげなく快走。 決勝でも2位に0.7もの大差をつけ圧勝!2連覇を飾る。 県内にもはや敵はいない。 −3mにして14秒92は驚くべきである。東部大会の14秒65が追い風1m強 だったことを考えると、事実上の自己最高記録にあたるのではないか。 ・ ・・以下、埼玉新聞ニュースより 高校総体で決勝に残りたい 男子110M障害・奥岡  男子百十メートル障害は奥岡が2連覇。しかも向かい風3メートルが吹く中で 14秒92を出した。「四百メートル障害で負けていたし、何としても勝ちたかった。 記録も満足できる」と表情を崩した。  冬場は例年以上にハードルを跳ぶ回数を増加。そのため無駄な動きが 減ったそうだ。決勝ではスムーズなスタートから早くも1台目でトップを奪うと、 力みのないハードリングで2位に0秒69差をつ けた。東部地区予選で 既に14秒65をマーク。まだまだ記録は伸びそうで、 「高校総体で決勝に残りたい」と勝負の夏を待ち遠しそうにしていた。 ★ 奥岡主将への信頼 恩師・小原監督がよく言っておられた。 「いいか、マイルは頑張れよ!最後のマイルに勝つと総合で 勝ったと同じくらい気分がいいからな!!」 その通りだと思う。どんな試合でも最後の1600mRは、 個人の種目を終えたすべての選手全員が感情に浸りながら 応援するもの。まして自分の母校が決勝を走り、優勝争い しようものなら涙が出てしまうほどである。 脚が遅かった私はその主人公になることは無かったが、 仲間にその夢を託し魂を送る。 奥岡のハードル決勝からわずか30分。 県大会陸上のラストを締めくくる男子1600mR の決勝が やってきた。今大会も男子400mで2人の入賞者を持つ 埼玉栄のお家芸であるが、我が校とて決して臆するメンバーではない。 「奥岡にトップで渡そう!」昨年からメンバーが口にする言葉だ。 奥岡は、やはり入学当初から勝つ事を期待され続け、走り続けてきた。 一身に背負ったプレッシャーから、病にも見舞われた。 みんなの「満身創痍の奥岡」によせる心情は特別なのであろう。 高校生の夢の舞台「1600mR決勝」のスタートだ。 埼玉栄と共に、決勝の常連である春日部東とも競り合いが続く。 競技場すべてが見守る中、3位で魂のバトンをもらった奥岡は、 2位まで責め上がり、埼玉栄を追う。 しかしおしくも届かず2位でゴール。しかし3位の春日部東に 1.5秒の差をつける立派な走りだった。 ・・・見事だった。3分18秒29。準決勝から7秒もの短縮! これが高校生の無限の可能性を証明する。 よくやった。マイルリレーだけを言うのではない。 4日間、みな見事に戦った。 今年も惜しくも総合は2位であったが我々からするとこれ以上 何を望むか・・・という気持ちになった。埼玉県大会を勝ち抜く事が、 いかに難しいか私らは身にしみて知っている。 もう十分ではないか。 ★ 「すべてはインターハイの舞台で」 試合後いつものように、監督がクリニックに遊びにきてくれたので 聞いてみた。 「インターハイの決勝にすべてをかける」というのが、最終目的である。 「関東でも賭けはしない」。たとえ関東でもギリギリのメンバー起用は しないで、両ハードルがある奥岡を温存。また41秒前半は出せそうな 400mRでも、記録を無理に狙わない。関東で勝つよりインターハイの ファイナルが全てだ・・・という事らしい。確かにそれだけの布陣だ。 それだけの努力をしてきた。 たとえば後藤の100mに出した監督の指示は「準決勝できちんとした 記録を出せ。全国からスターが集まるインターハイはそこが肝心だ。 県の決勝は勝つことだけを優先にしろ。」と・・・ (私からすると理解し得ない域の話だ。 100mで、 勝負と記録とを使い分けるとは・・・)。 これに対しての後藤の答えがまた興味深い。 「・・・先生、予選はいくつで走ればいいんですか?」・・・と。 いやはや大物である(笑) ★ チームの大躍進の理由 今年のチームのカラーは「全国に挑むシリーズ」で掲げてきた、 「全員陸上」かなと、私なりにほくそえんでる。 監督と選手が自らの仕事を全うした。 その結果、他を寄せ付けない驚くほどの層の厚さが生まれたのだと思う。 この層の厚さの具体的理由は・・・? 「大塚マジック」に他ならないと、私は強調したい。 ★ 大塚マジック もちろん全日本中学の入賞者奥岡と、覇者・後藤がいることはいうまでもない。 しかし2枚看板に頼ることなく、選手全体の能力の伸び具合、本番に 力を発揮できる能力は尋常でない。200mでいうと、みな半年で0.5秒 (実際にはもっと速くなってるだろう)短縮し、石川にいたっては400mで 2秒ものタイムアップ。野球部から転部してきた田中はあっという間に 10秒台スプリンターだ。後藤をはじめ、まだ2年生のこの3人は いったい来年はどこまで速くなるのか・・・ もはや「大塚マジック」というほかあるまい。 ・・・あ、マジックという「抽象表現」では監督に失礼であった。 別段、偶発的なものではないのだから。これはきちんとした研修と、 20年にも及ぶ現場での試行錯誤の末の産物であると。 つまり、マニュアルを読んだとして も、誰もが実践指導できるものではないのである。 1980年頃は、短距離の科学的解析はほとんど普及していなかったと思う。 (あったのだろうが、広くは知られていなかった) 当時は入学時に足の速い選手が100mを選択した。 1991年東京世界陸上の頃、「地面をプッシュする(押す)」とか、体重移動、 尻や腰で走る・・・という言葉が使われ始めたくらいしか私らにはわからない・・・・。 現在は違う。大塚さんいわく「自己記録で判断せず、走りを見ればその後 どうなるか、およそ想定がつく・・・」というのだ。この事は私の中学の先輩 山崎博仁さんも言っていたのを思い出す。 やはり、「100mは才能」と過去には言われても、 見る人が見れば状況は変わるのだ。 我が校は、決して陸上エリート中学生を集められる高校ではない。 その中で100m10秒台、200m21秒台を4人そろえられるということは そういうことだろう。 ・・・もちろん、選手本人のたゆまぬ努力あっての話だが・・・ さて1年ちょっと前からはじめた「全国に挑む後輩たち」。 大塚監督の「身を削るような苦しみ」が結果となってひとつの山場を 迎えたといえる。 インターハイの舞台でもある千葉会場。 ここで前哨戦となる関東大会に注目しよう。 関東会場では、かつて見られないほどの赤シャツが疾風を巻き起こし、 場内アナウンスでは「春日部高校・埼玉」と幾度もコールされるはずだ。 歳をとった私は胸が熱くなり、涙してしまうかもしれない。 よろこんで泣こう。胸を張って。   37回   野本 順一 <<前へ 次へ>>