No.141 全国に挑む後輩たち 9−4 赤き疾風 最終稿


★ 昭和54年の夏の残像 32回嵯峨根さんの中には、四半世紀前から 「時間が止まったまま」の種目がある。 昭和54年、春日部高校陸上部は400mRで上位入賞が期待されていた。 全国ランキングは6位。決勝は間違いなく進出すると思われていた。 周囲も、当のメンバーも。 ・ ・・・しかしインターハイのリレーには「魔物」が棲む。 準決勝、大接戦で渡ってきた第3走者、関根先輩から嵯峨根先輩への バトンは渡らなかった。 「ああっ!」・・・・ スタンドが凍りついた。見守っていた小原監督、竹村コーチも動けなかった。 バトンが渡せず3走・関根さんは転倒し、嵯峨根さんはゾーンの外で立ちつくした。 結果はオーバーゾーン失格でなく、途中棄権という形で終わってしまった。 滋賀インターハイの暑い夏の日だった・・・・ あれから26年。 このインターハイはその想いを成就させるために来たといっても過言でない。 もう夕方6時・・・暗くなってきた・・・ やはり当時と同じ夕暮れ、ナイター照明がつき始めた。 走馬灯のように記憶が蘇る。 バトンの失敗はその後の競技感を大きく変えてしまう。 特に心因的に。 「頼む・・・バトン、渡ってくれ」 若い子供たちには自分のような煮え湯は飲ませたくない。・・・ 嵯峨根さんは祈った。 ★ 後藤VS金丸 準決勝は始まった。 さすがにどこのチームも一流、目だったミスはない。 しかし! 前日の100mから影響している「向かい風」がここでも・・・ 4mもの風がホームストレートで向かい、バックストレートで追ってくる。 5cmの単位でスタートするバトンパスは大きく乱れる。 さすがに一流チームばかりなので落としこそしないものの、パスは円滑に行かない。 当初、この大会の決勝進出は41秒フラットが目安・・・と言われていたが、 思いもしない気象条件が影響してしまった。 二組の通過は、なんと41秒76。明らかにチャンスだ。 我々は拝む気持ちで3組のスタートを待った。 本日の最終レースとなったこのレースは、すでにナイター陸上のごとく暗い。 スタート! 伊藤祐一郎ここでも良い!名だたる名門校にも負けていないどころか、 優位に立っている。 脚に不安を抱えた2走・奥岡だが、全く問題ない。 さすがチームを牽引し続けてきたエースの貫禄だ。 3走・高橋がうまい。彼はなぜフラットレースをやらないのか不思議でならないが、 リレーには欠かせない戦力だ。他校のスペシャリストたちに食いついて離れない。 さあ、いよいよアンカー後藤だ!! 100mの高校トップのスプリンターだ。 抜くことはあっても抜かれはしない。 100mで先着した石塚選手(土浦三)も木村選手(奈良添上)もこの組にはいない。 後藤は4位くらいでバトンをもらった! 期待通り「爆発的追い込み」が始まった! 後藤のターボエンジンに火がついた!! さすがに速い!あっという間に2人を捕らえた!! 「やった!2位でいける!!」 誰もが確信した!我々は大騒ぎだ。 しかし!目を疑うシーンが起きた! 「な、何だあー!?」 大阪高校の「怪物・金丸」が来たのだ! 観衆はどよめいた! 「ええーっ?」 怪物・金丸のすさまじい加速は、世界ユースファイナリストの後藤をも捕らえた! 大きくリードを保っていた東海大望洋が一着、我が校は大阪高校に0、06秒先着を許した。 我々は呆然・・・「だめか・・!?」 「いや、トップの速報は41秒22だ。十分プラスに!」 数分後、オーロラビジョンに映った3組の結果を待った。 ・ ・・・・ 長い数分だった。 「41秒41でプラストップ!通った!!」 「やったー!決勝だー!!」 奇跡が起きた。 6月以降、走るレースすべてでチーム新記録を更新し、 もっとも難しい場面でさらに記録を更新した! ほんとうに奇跡だ。・・・・ 全国数万はある高校の、トップ8に名を残したのだ。 この瞬間、嵯峨根さんの思いは精算された。 毎年インターハイが開催されるたびに悶々とした気持ちになることはもうない。 若き後輩たちが払拭してくれたのである。 男子 4×100mリレー 【千葉県総合スポーツセンター 陸上競技場】 準決勝 3組 08月03日 3組2着までと上位2チームが通過 順位 高校名(県名) メンバー名 記録 1 東海大望洋(千葉) 藤田,古賀,市川,武藤 41秒22 決勝へ 2 大阪(大阪) 三浦,池田(宇),池田(竜),金丸 41秒34 決勝へ 3 春日部(埼玉) 伊藤(裕),奥岡,高橋,後藤 41秒41 決勝へ 4 名古屋(愛知) 近藤,岩見,飯田,水間 41秒56 決勝へ この半年、400mRで我が校は「我慢のバトン」を貫いてきた。 メンバーからして41秒前半は軽く出せそうなチーム。 多くの「外野」からは「もっと出るでしょう?」・・・と囁かれ続けてきたのである。 シリーズで綴ってきたように、大塚監督は「口唇をかみ締めて」我慢した。 目標は「インターハイ決勝」。県大会、関東大会の優勝ではない。 記録ランキング上位でもない。 全くその通りだ。通過しなければ意味がないのだから。 大願成就。私は眼が潤んだ。ベンチに戻ってからは鼻水も出てしまった。 個人種目に比べインターハイの400mR決勝進出が、いったいどれほど難しいか・・・ ちなみに監督の目頭も赤くなっていた気がしたのは、私の錯覚か・・・

<<前へ 次へ>>