No.142 全国に挑む後輩たち 9−5 赤き疾風 最終稿


★ 「次はない。これが最後のバトンだ」 興奮冷めやらぬ翌日。 18時の400mR決勝しかない。 奥岡の400mHがなくなったので体力温存。 結局400mHは決勝への通過記録最低記録が52秒57。 もし奥岡が力を使い尽くし自己新記録で通過したとしても、 ハードルとリレー、どちらのレースにも大きな負担になったであろう。 昼過ぎには私も競技場に到着した。どうせなら現場で時間を迎えようと思った。 やっぱり暑かった。 明らかにみんな疲れが見え始めていた。 木陰にいたところで気温33度、湿度70%に変わりはない。 私はあまり緊張感を煽らないように、土産ブースなどへ買い物に行った。 自分が高校時代は本当にお金がなくて、さんざん悩んだあげくに 500円の記念バッジを購入したことを思い出した。 テントに帰るとやはり空気は重々しく、張り詰めた空気が漂っていた。 大塚さんとコーヒーを飲みながら話した。 野「入賞決まりですね。」 大「いやあ、バトンが渡らなければ失格だよ・・・」 野「そうか、決勝進出ながら、失格になっちゃうんですね・・・・」 野「でもこれで最後のバトンじゃないっすか。次のラウンドはもうないんすから」 大「・・・そうだな・・・もう、次はないんだな・・・」 大塚さんはメンバーに告げた。 「いいか、このバトンが最後だ。県で3本、関東で3本、インターハイで2本終わった。この9本目ですべてが終わる!」 選手たちはじっと聞いていた。 奥岡も、後藤も脚にアイシングをしていた。 後藤はすでに100m全力で5レースこなしている。 運命の決勝まであと2時間だった。 ★ 後藤VS金丸 再び 村井先輩が今日も応援に来てくれた。 村「記録的にはどう?」 野「5番目くらいです。でもほかはまだ全力出していないです。 3位から8位くらいまで全く力の差はわかりません。・・・」 村「・・・そうだろうな。決勝だもんな・・・」 リレーの決勝前とはこんな空気か・・・初めて味わった。 私は表彰式もあるのでカメラを持ってメインスタンドに場所を移した。 女子400mRは予想通り埼玉栄が圧勝し、いよいよ男子決勝の時が来た。 周囲は真っ暗である。スタンドには出場チーム関係応援団が集う。 「これがインターハイ400mR決勝か・・!」 私は息を飲んだ。 オーロラビジョンに伊藤裕一郎が映し出された!かっこいいぞ、伊藤! 自分らと同じ赤シャツを着た若者たちが、今全国の注目を集めている。 「春日部高校・さいたま」 なんと聞き心地のよいアナウンスか。 全国数万のチームからここまで勝ち上がってきた「スーパー」なチームなのだ。 いよいよスタート! 伊藤は速い、しかし最終ラウンドでは他校もまったく同時! 奥岡も相変わらずロングストライド走法が冴える。みな強い!まったく互角。 でもバトンもまったく問題ない! 高橋強い!「魔の最終カーブ」をすっと駆け抜ける! 苦楽を共にした3年生3人から、全てを後輩に託す! さあ、後藤だ!後藤にさえ渡せば! ・・・しかし、私はまたファインダー越しに「異常な光景」を目撃した! 駿台甲府だけ頭ひとつ抜けて、それ以外は大混戦だった。 また「あの男」が出てきた! 青いユニフォーム! 「来たっ!金丸だっ!」 一瞬、せすじが寒くなった。 準決勝の時よりも大阪高校は前にいる。 横一線の状態から、明らかに他とスピードを異にする「青シャツ」が 弾丸のように飛び出した! 他のアンカーが遅く見える。 いや、そんなはずはない。 ここに集うアンカーたちは100mの2位4位の木村、後藤らをもってしても 抜くことが困難なスプリンター達だ。 それらの精鋭たちを、いとも簡単に置き去りにする金丸選手!恐るべし! これが世界陸上代表の力か! あっというまにトップに躍り出て3mの差を付け「青シャツ」がゴール。 3走までトップだった駿台甲府が2位を死守した。 うちは?3位か4位か? 男子 4×100mリレー 【千葉県総合スポーツセンター 陸上競技場】 決勝 08月04日 順位 高校名(県名) メンバー名 記録 1 大阪(大阪) 三浦,池田(宇),池田(竜),金丸 40秒64 2 駿台甲府(山梨) 鷹巣,中込,吉成,斎藤 40秒91 3 東海大望洋(千葉) 桜井,古賀,藤田,武藤 41秒12 4 春日部(埼玉) 伊藤(裕),奥岡,高橋,後藤 41秒17 5 添上(奈良) 松本,木村,松井,森 41秒20 6 日大豊山(東京) 熊耳,紺野,栗原,大久保 41秒36 7 沼津東(静岡) 山本,後藤,赤堀,堀池 41秒42 8 名古屋(愛知) 近藤,岩見,飯田,水間 41秒60 結果は堂々の4位! 「すげえ・・・奈良添上に勝ってしまった・・・」 インターハイ400mRは神聖なるセレモニーのようだった。 余韻も独特の空気がある。 私は一生忘れないであろう。 この瞬間、春日部高校陸上部のリレー歴代最高位に上り詰めた。 やや女子の表彰式が長引いたが、男子400mRの表彰式が始まった。 カクテル光線に照らされて、戦い終わった32人全員が並ぶ。 みんなさっきまでの眉間にしわを寄せた険しい顔から、 晴れ晴れした少年の素顔に戻っていた。ファイナリストの称号を得て。 さすがにインターハイ決勝では、32人全員が名前を呼ばれ賞状が渡される。 そりゃそうだろう・・・この子供たちにはその権利がある。 日本国内での最終最高ラウンドなのだから。 伊藤、奥岡、高橋、後藤・・・みんな「かっこよすぎる」 おまけ・・・・後藤VS金丸選手のエピソード 後藤「いやあ・・・なんか横から来たなあと思ったら、まず脚が見えたんです。」 あの「オーバーストライド走法」とはそんなにすごいのか・・・ ★ 千葉での出逢い「この子のために」 これは余談だが、リレーの表彰式で、あるご婦人とお話をする機会があった。 (もちろん互いに名は知らないのであるが、) その上品なご婦人は、3位に入った東海大望洋の主将の祖母であるという。 「孫が主将なんです。あの子は頑張ったんですよ。 昨年、望洋は県大会でバトンを落としてしまって、絶望してしまって・・・・でも主将になってから、毎日毎日吐くまで練習して・・・・やっとここまで来たんです・・・」 と、目頭をハンカチで押さえていた。 ぐわっときた。 「素晴らしいじゃあないですか・・・まったくその通り、みんな努力したんですね・・」 私はこの種目で、この決勝に参加できることが いかに困難を極めるかを話して差し上げた。 個人技だってインターハイにくるのは超人的なものだが、 こと400mRとなるとチーム5〜6人の人間関係、 生活環境までをカバーした綿密な努力が必要だ。 そして針の穴を通すようなテクニックの集積。 その上、同じように頑張ってきてもファイナルまでたどり着けず バトンに泣く高校は全国に毎年星の数ほどもある。 10分前までは別々に応援していたが、今は共に戦い終わった後輩をたたえあう。 しばらく話し込んで、笑顔で「おつかれさまでした」とわかれた。 ここに残った32人は死ぬほど頑張ってここまできたのだ。 なんと頼もしい少年たちか・・・日本の将来は明るい。 「のもとさーん!」 53回塚本・徳永も応援に来てくれた。 彼らも両リレーで関東進出。高野監督黄金期の優秀なスプリンターたちだ。 やはりリレーの決勝には万感の思いがあるという。 「リレー走りたくなりました!」と言っていた。 いつ見てもこの2人は、爽やかなイケメンである。

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